以前のブログで
ジェームズ・アレンは著書の中で、思いが環境を作っているとあり
思いが環境を作るとは、自分の思い、家族の思い、地域の思い、国家の思い、世界の思いとそれぞれ立場で思いが少しずつ異なり、その中で環境が形成されてきた。
格差が広がる前の社会では、大多数の人が求める事が発明されたり、決まり事(法律)として整備されていたと思う。しかし、現在では ”多数” の人が求めている世の中ではなく、”資産” を持っている一部の人が求める世の中になっていると感じる。と書いていた。
しかし、今の世界情勢を見ていると”資産”だけでなく”権力”を持っている人がこれだけ一瞬で世界を変える事が出来るのだと衝撃を受けた。
正義、別の正義、悪 とは(私見)
それぞれの立場で正義は異なると思う。
A、Bのそれぞれによって正義が異なり、またそれぞれの正義の反対が悪だとする。
例えば:”盗む” 行為について
Aにとっての正義は、どんなことがあっても人の物を盗んではいけない。
Bにとっての正義は、命の危険がある時には盗むのは仕方ない。(食べなければ命の危険に晒させる)
AにとってBの正義は別の正義である。しかし、AにとってもBにとっても、盗まないことは正義であり、また、AにおいてもBにおいても、ただ自分の欲望を満たすだけの盗みは悪である。
そう考えると、立場は異なるが同じ正義、同じ悪は存在すると思う。
正義を振りかざすということ
しかし、自分だけの正義を振り翳して相手を力で捩じ伏せ傷つけても良いのだろうか。
それぞれの立場で正義が異なるのに、力関係だけで正義が決められるのであれば
力の強い方が、本当は”正義だと思っていない”=”悪”を正義と見立てて、相手を力で捩じ伏せてしまった場合でも悪が正義となってしまう。
だから、決して正義を力で捩じ伏せてはいけない。
それぞれの正義を確認しあい、共通する正義を糸口に平和に向かって進んで欲しい。
それぞれの正義の為に関係のない人が巻き込まれ命を落とす事が決して正義ではないはずだから。


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